あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 06話『わすれてわすれないで』 感想

幸せはなるものでなく気付くもの。

じんたんは平常心を自身に言い聞かせ、意を決して学校へと入って行きました。しかし、実際の皆の反応は無関心で、杞憂に終わりました。案外とそんなものなんですよね。
“「好き」の反対は「嫌い」ではない。「興味がない」である”といったもので、皆にとってはじんたんなどどうでもよかったんですね。
今回の場合、その皆の無関心というのがじんたんだけの問題であれば単なる拍子抜けで終わるところだったでしょう。しかし、あなるが絡むことでそんなことはなくなり、あなるのためであればと行動を起こすじんたんが素敵でした。今回の終盤で他人のことばかりを思うめんまに対して怒っていたのは、じんたん自身がそういうタイプの人間であるからこそ。他人を思うのは超平和バスターズのリーダーである自分が背負うべきものだとか、そういうことを思ったからかもしれませんね。
めんまもそうですが、仲間を気遣うようなその心は素敵なもので、今のじんたんにおけるそれはあなるの想いがあってこそのものなのかとも感じました。
“人に嫌われない人はいない”といったもので、興味を持たれないこともまた然り。とにかく誰からも好かれるなんてことはないものです。ですから、クラスの皆から興味を持たれずとも、たった一人でもあなるのように心配してくれる人がいるのであれば、それはとても幸せなことなんじゃないのかなって思います。
“幸せはなるものでなく気付くもの”なのですから、その目の前の些細な幸せに気付くことができたら、それはとっても素敵だなって^^



出会いは神の御業。

わすれてほしい思いとわすれないでほしい思い。それが同居するめんまの複雑な思いはよくわかりましたね。
自分だけのことを考えるならば、忘れないでいてほしい。
でも、それでイレーヌさんが心を痛めるのであれば、いっそ忘れてほしい。
後者は大切な人を思いやるからこその思いでじんたんはそれに憤りを露わにしました。とは言え、相手の苦しむ姿を見ると自分の心も辛くなることを考えれば、どちらもめんま自身の正直な思いだと言えるかもしれません。ですから“わすれてわすれないで”という言葉が、彼女の正直な思いを表現しているのかなぁなんて思いました。
でも、やっぱり“わすれて”は悲しいです。自身の気持ちはもちろんのこと、イレーヌさんの気持ちを思えばこそ“わすれないで”の想いを強く持ってほしいと思います。
神の御業による二人の出会いを、大切な思い出として残してほしいですから……



とことで、今回はこんなところで失礼します。

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